日本の宇宙赤外線観測の歴史について、わかりやすく紹介します !
赤外線での天文観測は,可視光では見えない「塵に隠された星の誕生の現場」等を探る上でとても有効です.赤外線による天文観測にとっての一番の敵は地球大気であるため,大気圏外からの観測(スペース観測)が非常に重要となります.
ここでは,SPICA に至る日本の赤外線スペース観測の歴史を紹介します.
日本では,大気球や観測ロケットによる大気圏外からの赤外線観測が1970年代から始められ,日本の赤外線スペース天文の礎となる様々な成果が,科学・技術の両面において得られました.
大気球による観測の場合は,高度 40km 以下での観測に限られますが,その分長い観測時間(数時間から数日)が確保できます.一方,観測ロケットの場合は,観測時間は数分程度に限られますが,高度 100km 以上での観測が可能となります.
また大気球による観測は,三陸大気球観測所を初め,オーストラリアやインド等で行われており,観測ロケットによる観測は主に内之浦宇宙空間観測所の K-9M ロケットや S-520 ロケット等を用いて実施されてきました.
どちらの観測も,「観測時間が限られる」という難点があるものの,「人工衛星に比べて安価・短期間での開発が可能」という利点がある事から,スペース赤外線観測の主流が人工衛星に移った現在でも,いくつかの科学テーマにおいてこれらによる観測は継続して精力的に続けられています.
1995年,気球・観測ロケットで得られた知識・技術の集大成として,日本初の赤外線宇宙望遠鏡 IRTS (Infraed Telescope in Space) が実現しました.IRTS は 4 つの観測装置を搭載した口径 15cm の望遠鏡で,小型宇宙プラットフォーム SFU (Space Flyer Unit) の1機器として,同年 3 月 18 日に H-II ロケット 3 号機にて打ち上げられました.その後 IRTS は 3 月 30 日から 4 月 26 日間での間に,全天の 7% に及ぶ領域について当時の世界最高クラスの感度でサーベイ観測を実施ました.この観測により,星間空間における PAH (polycyclic aromatic hydrocarbon) と呼ばれる有機物の分布を明らかにする,初期宇宙での大規模な星形成と考えられる光を検出する等の成果を残しました.IRTS を搭載した SFU は,1996 年 1 月 13 日に若田宇宙飛行士のロボットアームの操作によってスペースシャトルに回収され,地球に帰還しました.回収された SFU は現在では上野の国立科学博物館で見学することができます.
IRTS での経験をもとに,日本初の赤外線天文衛星計画 ASTRO-F が 1997 年から始動しました.ASTRO-F は宇宙科学研究所を中心に,名古屋大学・東京大学・通信総合研究所(現在の情報通信研究機構)の協力の下に開発が進められ,口径 71 cm の超軽量シリコンカーバイト鏡,液体ヘリウムと機械式冷凍機の併用冷却システム等,当時の最先端の技術の採用した衛星となりました.また,ESA(European Space Agency:ヨーロッパ宇宙機関)と共同で,データを効率的に取得できるような追跡体制を構築したほか,ヨーロッパや韓国の天文学者のグループとともに科学的なデータ解析を行うなど,積極的な国際協力が行われました.ASTRO-F は 2006 年 2 月 22 日に M-V ロケット 8 号機によって打ち上げられ、「あかり」と命名されました.
「あかり」は打ち上げ後最初の 1 年半で、当初の目的であった「全天サーベイ」を達成し,近赤外線から遠赤外線にわたる「赤外線での宇宙地図」を作成しました.この「宇宙地図」は、1983 年に打ち上げられた IRAS 衛星(米英蘭)による赤外線の宇宙地図を,解像度・感度の面で上回る「第 2 世代の赤外線宇宙地図」として,広く世界の天文学者に利用されています.2007 年 8 月 26 日に液体ヘリウムが枯渇した後も,機械式冷凍機のみの冷却で近・中間赤外線での観測を続け,エクストラサクセス※を達成しましたが,2011 年 5 月に発生したバッテリートラブルが直接の原因となり,2011 年 11 月 24 日に運用を終了しました.設計目標寿命が 3 年であったのに対し,5 年以上運用された後でした.
あかりで得られた経験と技術は,現在開発中の SPICA にも引き継がれています.
※エクストラサクセス:JAXA の宇宙ミッションに策定される 3 つの成功基準のうちのひとつ.成功度の高い順からエクストラサクセス,フルサクセス,ミニマムサクセスがある.
以下の表は,日本の赤外線天文ミッションの比較です.30 年もの歳月をかけ,望遠鏡口径,機器の重量,冷却方式などの技術が着実に進歩し,受け継がれている様子が見て取れます.
IRTS | 「あかり」 | SPICA | |
---|---|---|---|
打ち上げ年 | 1995 年 | 2006 年 | 2027 - 2028 年 |
打ち上げロケット | H-II 3 号機 | M-V 8 号機 | 次期基幹ロケット |
望遠鏡口径 | 15 cm | 71 cm | 2.5 m |
総重量 | 183 kg | 952 kg | 約 4t |
軌道・高度 | 位相同期軌道 300-500 km |
太陽同期極軌道 750 km |
第 2 ラグランジュ点 (L2) 150 万 km |
冷却方式 | 液体ヘリウム | 液体ヘリウム・ 機械式冷凍機併用 |
機械式冷凍機 |
赤外線天文衛星は,検出器技術や冷却技術の開発が困難であることから,世界的にも実現したのは比較的最近からです.現在までに数えるほどのミッションしか実現しておらず,上記でご紹介した日本のミッションもその一翼を担っています.以下に世界の主な赤外線天文ミッションをまとめました.
日本天文学会百年史編纂委員会 編「日本の天文学の百年」 12章 赤外線天文学の歩み